2012年10月23日
鼎談 (ていだん) の前に #1
というタイトルにしましたが、正確には、鼎談についての記事に進む前に・・・


今回のシンポジウムの会場で、2011年のシンポジウムの開催記録が配布されたとひとつ前の記事で触れました。
昨夜あらためてその内容をじっくりと確認してみて、あっ、このまますっとスルーしてしまうのはいけないな、と気づき、鼎談の記事をアップする前に昨年のシンポジウムについての情報をはさみこむことにした次第です。
僕が研究会に参加したのは今年の夏から。
昨年のシンポジウムにも出席していなくて人づてに話を聞くばかりだったのですが、登壇され鼎談をされた先生方やフロアーの皆様が心をこめて熱く語った言葉の数々を漏らさず書きとめられた開催記録を読んでみたことで、とても素晴らしいシンポジウムであったことがわかりました。
昨年は研究会の会長である足助病院長の早川先生とともにNPO法人「共存の森」から澁澤寿一氏、足助商工会から浅井恒和氏、NPO法人 地域の未来・支援センターから萩原善之氏、くくのち学舎から渕上周平氏、農協共済総合研究所から川井真氏が登壇されたとのこと。
記録のすべてをここに書き写してしまいたいぐらい、価値ある議論が交わされているのですが・・・それをしていると今年の鼎談に辿りつくのはクリスマスぐらいになってしまいそうですから、やめておきます。
今年と同じく足助病院の後藤継一郎事務長が開会を宣言するとともに、シンポジウムの総合コーディーネーターとしてお招きした川井真氏を紹介されるところから記録は始まります。
その川井氏が自己紹介の挨拶にて、
・日本中のあらゆる人々が様々な不安を抱えているが、質は違えど実は根本は極めて似通った問題で苦悩し続けている
・それらの問題を解決する手段のひとつとして地域力が求められている
・日本の後を追うように今後急速に高齢化の道を辿るアジアの他の国々は、一足早く正念場を迎えている日本がどう乗り切るかを注視しているのでうまく乗り切れば新しい社会モデルをアジアに示すことになる
・自然から搾取するのではなく自然と共に生きてきた日本人の強みと島国という日本の地理的強みなど地域力を高めやすい要素が揃っている
などの話をされたと書いてあるのですが、客席に座ってシンポジウムに参加している人々に俯瞰の視点を持たせるとともに前向きなイメージを与えられようとしていらっしゃる様子がとてもよく伝わってきました。
その後、川井氏が早川先生を紹介され、早川先生から「三河中山間の地域力を考える」~中山間地域における当院の取り組み~というタイトルで、スライドを用いながらの趣旨説明が始まり、病院と研究会の両方について様々な取り組みの詳細ともに熱い思いを語られています。
特に研究会がやっていること、やろうとしていることついては今後もこのブログ等で紹介していきますのでこの記事では割愛しますがこの記録を読むことで、地域に住む人だけでなく地域外の多くの人々が注目する大胆な行動指針をあらためて胸にしっかりと刻み込むことができました。
基調講演は「日本の里山に生きること」というタイトルにて澁澤寿一氏が、
・日本は(2011年の)3月11日を境に変わった、高度成長の末に震災を経て全部を都会に集中させる社会から分散型社会に舵が切ろうとする人々が現れ始めた
・しかし実はそもそも日本は昔から地域の独立性で生きてきた国だった
・人任せの社会からもう一度自分たちでものを考える社会にすべきだと思う
・地球一個は足りなくなっている、つまりこのままでは70億人が地球一個で生きられなくなる時が訪れてしまう
という問題提起をされたのち、ご自身が秋田の山奥の集落をこの20数年間訪ね続けているというエピソードを紹介されます。その昔、秋田では過去に大規模な飢饉が起きて大勢の人々が命を落としているが、その集落では古文書が残っている過去300年間において一人の餓死者も出していないというのが通い出したきっかけだそうです。ここには書きませんが、その秘密はとても興味深いものでした。
他にも、山形の置賜地方の草木塔や馬頭観音、庚申塚、お不動さんの写真を紹介し、人々が自然といかに共生しようとしてきたかについて語られたり、沖縄のオジイ、オバアが生きる上で大切にしているポリシーのようなものの紹介など、その場でぜひ聴きたかったと思えるエピソードが続きます。
・生活はつくるものだということがもう一度見直される
・そして中山間地域での生き方がもう一度見直される時代がくると思っている
澁澤さんは聴衆に向かってそう語りかけています。
さて。
このあと質疑応答の時間になり、フロアーにマイクが渡るのですが・・・
ここからが面白いのです。
面白いと書いては、当事者の方に叱られるかもしれませんが、たぶん昨年のシンポジウムにおけるとても素晴らしいやりとりのひとつだったのではないかと想像します。
そのことは次の記事で書きますね。
今年の鼎談のこと?
はい、中沢先生の登場は次の次の記事となります。
もう書いてありますから後はここにアップするだけなのですが、その前に2011年のこと、あともう一回だけ書かせてください。
To be continued.
昨夜あらためてその内容をじっくりと確認してみて、あっ、このまますっとスルーしてしまうのはいけないな、と気づき、鼎談の記事をアップする前に昨年のシンポジウムについての情報をはさみこむことにした次第です。
僕が研究会に参加したのは今年の夏から。
昨年のシンポジウムにも出席していなくて人づてに話を聞くばかりだったのですが、登壇され鼎談をされた先生方やフロアーの皆様が心をこめて熱く語った言葉の数々を漏らさず書きとめられた開催記録を読んでみたことで、とても素晴らしいシンポジウムであったことがわかりました。
昨年は研究会の会長である足助病院長の早川先生とともにNPO法人「共存の森」から澁澤寿一氏、足助商工会から浅井恒和氏、NPO法人 地域の未来・支援センターから萩原善之氏、くくのち学舎から渕上周平氏、農協共済総合研究所から川井真氏が登壇されたとのこと。
記録のすべてをここに書き写してしまいたいぐらい、価値ある議論が交わされているのですが・・・それをしていると今年の鼎談に辿りつくのはクリスマスぐらいになってしまいそうですから、やめておきます。
今年と同じく足助病院の後藤継一郎事務長が開会を宣言するとともに、シンポジウムの総合コーディーネーターとしてお招きした川井真氏を紹介されるところから記録は始まります。
その川井氏が自己紹介の挨拶にて、
・日本中のあらゆる人々が様々な不安を抱えているが、質は違えど実は根本は極めて似通った問題で苦悩し続けている
・それらの問題を解決する手段のひとつとして地域力が求められている
・日本の後を追うように今後急速に高齢化の道を辿るアジアの他の国々は、一足早く正念場を迎えている日本がどう乗り切るかを注視しているのでうまく乗り切れば新しい社会モデルをアジアに示すことになる
・自然から搾取するのではなく自然と共に生きてきた日本人の強みと島国という日本の地理的強みなど地域力を高めやすい要素が揃っている
などの話をされたと書いてあるのですが、客席に座ってシンポジウムに参加している人々に俯瞰の視点を持たせるとともに前向きなイメージを与えられようとしていらっしゃる様子がとてもよく伝わってきました。
その後、川井氏が早川先生を紹介され、早川先生から「三河中山間の地域力を考える」~中山間地域における当院の取り組み~というタイトルで、スライドを用いながらの趣旨説明が始まり、病院と研究会の両方について様々な取り組みの詳細ともに熱い思いを語られています。
特に研究会がやっていること、やろうとしていることついては今後もこのブログ等で紹介していきますのでこの記事では割愛しますがこの記録を読むことで、地域に住む人だけでなく地域外の多くの人々が注目する大胆な行動指針をあらためて胸にしっかりと刻み込むことができました。
基調講演は「日本の里山に生きること」というタイトルにて澁澤寿一氏が、
・日本は(2011年の)3月11日を境に変わった、高度成長の末に震災を経て全部を都会に集中させる社会から分散型社会に舵が切ろうとする人々が現れ始めた
・しかし実はそもそも日本は昔から地域の独立性で生きてきた国だった
・人任せの社会からもう一度自分たちでものを考える社会にすべきだと思う
・地球一個は足りなくなっている、つまりこのままでは70億人が地球一個で生きられなくなる時が訪れてしまう
という問題提起をされたのち、ご自身が秋田の山奥の集落をこの20数年間訪ね続けているというエピソードを紹介されます。その昔、秋田では過去に大規模な飢饉が起きて大勢の人々が命を落としているが、その集落では古文書が残っている過去300年間において一人の餓死者も出していないというのが通い出したきっかけだそうです。ここには書きませんが、その秘密はとても興味深いものでした。
他にも、山形の置賜地方の草木塔や馬頭観音、庚申塚、お不動さんの写真を紹介し、人々が自然といかに共生しようとしてきたかについて語られたり、沖縄のオジイ、オバアが生きる上で大切にしているポリシーのようなものの紹介など、その場でぜひ聴きたかったと思えるエピソードが続きます。
・生活はつくるものだということがもう一度見直される
・そして中山間地域での生き方がもう一度見直される時代がくると思っている
澁澤さんは聴衆に向かってそう語りかけています。
さて。
このあと質疑応答の時間になり、フロアーにマイクが渡るのですが・・・
ここからが面白いのです。
面白いと書いては、当事者の方に叱られるかもしれませんが、たぶん昨年のシンポジウムにおけるとても素晴らしいやりとりのひとつだったのではないかと想像します。
そのことは次の記事で書きますね。
今年の鼎談のこと?
はい、中沢先生の登場は次の次の記事となります。
もう書いてありますから後はここにアップするだけなのですが、その前に2011年のこと、あともう一回だけ書かせてください。
To be continued.
2012年10月23日
香嵐渓シンポジウム2012 レポート #2
「皆さんこんにちは。本当に良い天気なので、外で元気に体操した方が良いのですけども・・・健康ネットワーク研究会がこんな良い天気でこんな暗い中でディスカッションをしていて良いのだろうかと・・・。多数お集まりいただきありがとうございます。」
ユーモアに溢れる語り口に、会場からは早速笑いが。
シンポジウムの総合司会である足助病院長 早川富博先生の冒頭挨拶はこんな感じで始まりました。
シンポジウムの総合司会である足助病院長 早川富博先生の冒頭挨拶はこんな感じで始まりました。
以下はそのとき早川先生が述べられたこと。
・シンポジウム(報告会)は今回が第三回。
・毎年やろうと決めている。
・皆さんのお手元にある冊子について。
事務局のスタッフが昨年のシンポジウムを録音したテープを密かに文字に起こしてくれていた。それを知り、一年遅れにはなるが文章にまとめて報告書を作成し配布することに。
報告書の表紙の絵は、名古屋造形大学 "やさしい美術" の面々によるもの。
・シンポジウム(報告会)は今回が第三回。
・毎年やろうと決めている。
・皆さんのお手元にある冊子について。
事務局のスタッフが昨年のシンポジウムを録音したテープを密かに文字に起こしてくれていた。それを知り、一年遅れにはなるが文章にまとめて報告書を作成し配布することに。
報告書の表紙の絵は、名古屋造形大学 "やさしい美術" の面々によるもの。


学生さんたちが足助病院の中で足かけ8年、美術の仕事をしてくれている。絵はひとつの集落を現わしている。かなりの数の原案の中から投票で選ばれたもの。埋もれてしまうのはもったいないのため表紙に用いさせていただいた。
・香嵐渓シンポジウムという名前について。十数年前、当時の足助町により同じ名前のシンポジウムが開かれた。豊田市と合併した現在においても、この地域の心意気を示すための名前として、香嵐渓シンポジウムという名前を用いてゆきたい。
・香嵐渓シンポジウムという名前について。十数年前、当時の足助町により同じ名前のシンポジウムが開かれた。豊田市と合併した現在においても、この地域の心意気を示すための名前として、香嵐渓シンポジウムという名前を用いてゆきたい。
2012年10月22日
香嵐渓シンポジウム2012 レポート #1
素晴らしい秋晴れとなった10月20日の土曜日。
僕らは足助の飯盛座にて開催された香嵐渓シンポジウムの会場に足を運びました。
そのときの様子を記事にしたいと思うのですが、情報量は膨大です。
よって何回かに分けて書くことになります。
どうかご容赦を。
そしてどうぞお楽しみに。
特に、このシンポジウムに興味を持ったが当日参加できなかったという方、このブログにしばしお付き合いいただけたら幸いです。
鼎談についてはメモを元に、要点をまとめたものを記事として記していきますが、先生方の発言内容やそのニュアンスが実際と異なってしまってはいけないので、会場で鼎談を聞かれた方が僕が書いた記事を読んでも首を捻ることのないクオリティーにすべく、出来る限りの努力します。
僕らは足助の飯盛座にて開催された香嵐渓シンポジウムの会場に足を運びました。
そのときの様子を記事にしたいと思うのですが、情報量は膨大です。
よって何回かに分けて書くことになります。
どうかご容赦を。
そしてどうぞお楽しみに。
特に、このシンポジウムに興味を持ったが当日参加できなかったという方、このブログにしばしお付き合いいただけたら幸いです。
鼎談についてはメモを元に、要点をまとめたものを記事として記していきますが、先生方の発言内容やそのニュアンスが実際と異なってしまってはいけないので、会場で鼎談を聞かれた方が僕が書いた記事を読んでも首を捻ることのないクオリティーにすべく、出来る限りの努力します。
さて。
この方の後頭部に見覚えのある方はいらっしゃいますか?
はい。
そうです。
正解。
これは、今回のシンポジウムの総合司会を務められた足助病院院長の早川先生の後姿です。
僕はこういうシンポジウムや講演会等のイヴェントではいつも最前列またはそのすぐ後ろあたりに座るようにしているのですが、この日陣取った席は、何と早川先生の斜め後ろの席だったのです。
さらに開会の直前には中沢先生がどこからともなく (?) 風のように軽やかに現れて、僕の前の席 (つまり早川先生の横の席) に笑顔で腰掛けられました。
目の前には中沢先生の後頭部が。
鼎談が始まるまでのわずかな間だけ先生方がいらっしゃる席とはいえ・・・、自分は何という席に座ってしまったのかと頭を抱えました。
リラックスして談笑する先生方。
その後ろで、緊張している僕・・・。
開会となり先生方が壇上に上がられて、やっと一息ついた次第でした。
この方の後頭部に見覚えのある方はいらっしゃいますか?
はい。
そうです。
正解。
これは、今回のシンポジウムの総合司会を務められた足助病院院長の早川先生の後姿です。
僕はこういうシンポジウムや講演会等のイヴェントではいつも最前列またはそのすぐ後ろあたりに座るようにしているのですが、この日陣取った席は、何と早川先生の斜め後ろの席だったのです。
さらに開会の直前には中沢先生がどこからともなく (?) 風のように軽やかに現れて、僕の前の席 (つまり早川先生の横の席) に笑顔で腰掛けられました。
目の前には中沢先生の後頭部が。
鼎談が始まるまでのわずかな間だけ先生方がいらっしゃる席とはいえ・・・、自分は何という席に座ってしまったのかと頭を抱えました。
リラックスして談笑する先生方。
その後ろで、緊張している僕・・・。
開会となり先生方が壇上に上がられて、やっと一息ついた次第でした。
時計の針を少し戻します。
こちらは開会前の様子。受付をするおじいちゃん、おばあちゃんたち。
地元地域に住んでいらっしゃる大勢の方が、飯盛座にいらっしゃいました。
To be continued.
2012年10月22日
2012年10月21日
2012年10月20日
2012年10月20日
Corduroy

深夜にブログを見ている方へ。
イギリスのバンド、Corduroy が演奏するこの曲をお送りします。
上手すぎない方が、聴いていてリラックスできたりすることもありますよね。
(子供の頃からスキャットが聴ける曲が好きでした。)
イギリスのバンド、Corduroy が演奏するこの曲をお送りします。
上手すぎない方が、聴いていてリラックスできたりすることもありますよね。
(子供の頃からスキャットが聴ける曲が好きでした。)
2012年10月19日
-12kg
今年の二月時点の体重と比べると、現在の体重はマイナス12kg。
ノルディックウォーキングで減量できた、と書ければ素晴らしいのですが、そればかりではなくて、下記のことに取り組んだからなのでした。
・毎日朝夕、体重計にて体重を量る。
・発芽玄米と白米をブレンドしたご飯を食べる。
・一回のご飯の量をきっちり決めて食べる。(僕の場合、当初は一食200gに設定。現在は150g。おかずの量や内容は特に制限無し。)
・間食は極力しない。
・甘いものを食べるときは、糖の吸収をゆるやかにする作用があるコーヒーを一緒に飲む。
・運動するときは、運動中の体脂肪燃焼を促すスポーツドリンクを飲む。
・毎日10,000歩以上歩く。
・病院にて栄養指導を受ける。(体重計測結果と食事の内容、運動をどれぐらいしたか等について栄養士さんに報告して指導を受けます。)
このうち栄養指導については終了していますがその他は今も続けています。ただし、間食についてはちょっと油断が生じ、気づけばお菓子などに手が伸びがちな自分がいるのでした。
秋になって食欲が増していますので、再度びしっとした食生活を送るように心がけたいと思っています。
それにノルディックウォーキングは、暑い季節よりも寒い季節の方が取り組みやすくなるので、気合いを入れて頑張ります。
ノルディックウォーキングで減量できた、と書ければ素晴らしいのですが、そればかりではなくて、下記のことに取り組んだからなのでした。
・毎日朝夕、体重計にて体重を量る。
・発芽玄米と白米をブレンドしたご飯を食べる。
・一回のご飯の量をきっちり決めて食べる。(僕の場合、当初は一食200gに設定。現在は150g。おかずの量や内容は特に制限無し。)
・間食は極力しない。
・甘いものを食べるときは、糖の吸収をゆるやかにする作用があるコーヒーを一緒に飲む。
・運動するときは、運動中の体脂肪燃焼を促すスポーツドリンクを飲む。
・毎日10,000歩以上歩く。
・病院にて栄養指導を受ける。(体重計測結果と食事の内容、運動をどれぐらいしたか等について栄養士さんに報告して指導を受けます。)
このうち栄養指導については終了していますがその他は今も続けています。ただし、間食についてはちょっと油断が生じ、気づけばお菓子などに手が伸びがちな自分がいるのでした。
秋になって食欲が増していますので、再度びしっとした食生活を送るように心がけたいと思っています。
それにノルディックウォーキングは、暑い季節よりも寒い季節の方が取り組みやすくなるので、気合いを入れて頑張ります。
※リンクしたスポーツドリンクとコーヒーの各銘柄については僕がみなさんにおすすめしたい、ということではなくて、たまたま僕の場合はこれらを用いてみた、そしてこれらを気に入って今も飲んでいる、ということです。
上に書いたように他にもいろいろやっているため、飲み物のみでどれぐらい減量の効果があったかということについては定かではありません。
2012年10月18日
2012年10月18日
手作り栗きんとん

最も美味しい栗。
最も美味しい栗というのはどんな栗なのか、ご存じですか?
(栗きんとんって家でも簡単に作れますね。こしらえているのはうちの奥さん。お味はなかなか美味でした。)
リスが土の中に埋めたまま忘れてしまったものが最も美味しいそうです。
とっても甘くて美味しいのだとか。
彼らは冬が来る前にせっせと栗を集めて巣の近くに埋めておくのだそうですが、たまに掘り返すのを忘れてしまうこともあるとのこと。
(どうやってそんな栗を見つけるのか?って?・・・。うーん・・・とにかく日々、森に入り浸るしかないでしょうね。)
とっても甘くて美味しいのだとか。
彼らは冬が来る前にせっせと栗を集めて巣の近くに埋めておくのだそうですが、たまに掘り返すのを忘れてしまうこともあるとのこと。
(どうやってそんな栗を見つけるのか?って?・・・。うーん・・・とにかく日々、森に入り浸るしかないでしょうね。)
2012年10月18日
The Hepburns

Cherry Red という愛らしい名前のレコードレーベルがイギリスにありまして、その昔僕はこのレーベルからリリースされるアルバムやシングルをよく聴いていました。
一曲選びましたのでお聴きください。
The Hepburns で、The World Is 。
一曲選びましたのでお聴きください。
The Hepburns で、The World Is 。
2012年10月17日
豊根 ベッケライ ミンデンのドイツパン


豊根に遊びに行った父母が、僕らへのお土産にとベッケライ ミンデンさんのドイツパンを買ってきてくれました。
早速、朝食にていただきました。
なかなか美味しかったです。
お店に寄って出来たてを頬張ってみたいなと思いました。
早速、朝食にていただきました。
なかなか美味しかったです。
お店に寄って出来たてを頬張ってみたいなと思いました。
2012年10月16日
小坂食べ歩き飲み歩き Vol.3
これは前売りチケットを手渡されているところ。
11月6日(火)、7日(水)の二日間に渡って開催される”とよた小坂食べ歩き飲み歩きVol.3”の前売りチケットを買い求めに、パブリカさんを訪ねました。
パブリカさんと”さん”づけで書きましたが、人物ではなくて、豊田市の中心市街地まちづくり活動センターのこと。そのニックネームが”パブリカ”なのです。
11月6日(火)、7日(水)の二日間に渡って開催される”とよた小坂食べ歩き飲み歩きVol.3”の前売りチケットを買い求めに、パブリカさんを訪ねました。
パブリカさんと”さん”づけで書きましたが、人物ではなくて、豊田市の中心市街地まちづくり活動センターのこと。そのニックネームが”パブリカ”なのです。
突然の思いつきで「ブログの記事用に手渡していただいているところを一枚撮りたいのですが」とかなんとか無理を言ったにも関わらず、スタッフの方が撮影に協力して下さいました。
どうもありがとうございます。
(とってもビューティフルなスタッフの方が手渡してくれました!)
どうもありがとうございます。
(とってもビューティフルなスタッフの方が手渡してくれました!)
パンフレットの中味をちらりとお見せしましょう。
ちなみに、当日ならば3,500円のところ、前売りならば3,000円。
500円もお得ですからこのイヴェントに間違いなく行かれるのであれば、前売りチケットを入手しない手はありません。
パブリカの住所は豊田市喜多町3-19、三重銀行のお隣です。
海外旅行にて大きな街に行けば、旅行者向けにビジターセンターというものがありますよね。
こちらのパブリカはそれに相当する施設になりうる存在だな、と感じました。
転勤で初めてこのまちにやってきた方々などは、まずはパブリカを訪ねてみると良いでしょう。
コンパクトなスペースにて、このまちに関する様々な、そして膨大な量の情報を短時間で一気に集めることができると思います。
コンパクトなスペースにて、このまちに関する様々な、そして膨大な量の情報を短時間で一気に集めることができると思います。
パブリカは、うっかり前を通り過ぎてしまうほどとてもさりげない佇まいで商店街に溶け込んでいますので、どうか見逃さぬよう。
なお、パブリカ以外でも、"小坂食べ歩き飲み歩きVol.3" の前売りチケットは取り扱われているそうです。
書き出してみますね。
まずは『小坂食べ歩き飲み歩き』の参加店、出品店全店。
そして、豊田商工会議所3階にある豊田市商店街連盟。
小坂本町の喫茶 杉 (ちなみに僕はこちらのカツカレーが好きでよく食べてます。カツと衣の間の黒胡椒が多い日はラッキー、と思ってしまうほど、よく食べていたりします。)。
宮上町の和洋菓子処 松華堂。
小坂町の小坂飯店。
三軒町の電化ハウス タイムリー。
小坂本町のクリーンスタジオ。
上記のお店でも、前売りチケットを買い求めることができるとのこと。
書き出してみますね。
まずは『小坂食べ歩き飲み歩き』の参加店、出品店全店。
そして、豊田商工会議所3階にある豊田市商店街連盟。
小坂本町の喫茶 杉 (ちなみに僕はこちらのカツカレーが好きでよく食べてます。カツと衣の間の黒胡椒が多い日はラッキー、と思ってしまうほど、よく食べていたりします。)。
宮上町の和洋菓子処 松華堂。
小坂町の小坂飯店。
三軒町の電化ハウス タイムリー。
小坂本町のクリーンスタジオ。
上記のお店でも、前売りチケットを買い求めることができるとのこと。
さらに、当日に代金引き換えにてチケット受け取りとなるインターネットを用いた購入手続きもできるようです。
チェックしてみてくださいね。
チェックしてみてくださいね。
2012年10月16日
『矢作川源流の森を歩こう』 計三回の講座を終えて
今回僕が参加した講座については、こちらをご覧ください。
三回とも、とても勉強になるうえに楽しくてリラックスできる講座でした。
講師の先生方やスタッフのみなさんの配慮が素晴らしかったのに加え、集まった方々が思慮に溢れ分別のある大人ばかりだったのでとても充実した時間を過ごせました。
(来年も開催されるそうですが、応募者が定員よりも多い場合は抽選になります。今回もそうでした。)
さて、この日の登山を終えた僕らを待っていてくれたのは
(これまでの黍生山に関する記事に載せられなかった写真を以下に。今回の森歩きの話はこれをもっておひらきとします。)
2012年10月15日
クロモジ
森歩き講座のスタイルは、講師の先生を先頭に参加者が列をなしてコースを歩き山頂を目指すのですが、その道すがら参加者に教えたい植物や木があると、先生が足を止めてゆっくり解説を始めてくださいます。
僕らは足を速めて先生の周りをぐるりと囲むようにして集まり、ふむふむとうなづきながらメモをとったり写真を撮ったりするのです。
僕らは足を速めて先生の周りをぐるりと囲むようにして集まり、ふむふむとうなづきながらメモをとったり写真を撮ったりするのです。

これはクロモジ。
お茶席の菓子に添えられる楊枝に加工されるだけでなく、茶室の周りに置かれる垣根としても用いられます。
お茶席の菓子に添えられる楊枝に加工されるだけでなく、茶室の周りに置かれる垣根としても用いられます。
緑色をした枝に墨をつけた筆をすっと走らせたような模様があることから、クロモジ (黒文字) という名がついたそうです。
「枝ぶりもとても格好良いでしょう?」と先生に言われて、納得。
しばらくうっとりと眺めてしまいました。
美しいカーヴを描いているのがおわかりいただけると思います。
To be continued.
しばらくうっとりと眺めてしまいました。
美しいカーヴを描いているのがおわかりいただけると思います。
To be continued.
2012年10月15日
アケボノソウ
大した特徴の無いただの小さな白い花?
そうではありませんでした。
「どうぞ、近づいて見てください。美しいでしょう。わたしは、この花の色形は秋の山野草の中でも十本の指に入ると思っています。」
森歩きの講師の先生に促されて、花の前にしゃがんで顔を近くに持っていき目をこらした僕ら。
「あっ!」
思わず僕は声をあげました。

なんと美しい花なのでしょうか。
この花は人の手によって作られたものではないのです。
山の中に自然と存在する花なのです。
今の仕事上、少しは草花について知っていないと話にならないのに
「山野草なんて今から覚えられるだろうか?」
とか
「地味な色形の草花に興味が持てるだろうか?」
などと思っていたのですが、この花を見て一気に不安が消し飛びました。
To be continued.
この花は人の手によって作られたものではないのです。
山の中に自然と存在する花なのです。
今の仕事上、少しは草花について知っていないと話にならないのに
「山野草なんて今から覚えられるだろうか?」
とか
「地味な色形の草花に興味が持てるだろうか?」
などと思っていたのですが、この花を見て一気に不安が消し飛びました。
To be continued.
2012年10月15日
葛、棈、漆
葛、棈、漆
・・・何と読むでしょう?
二番目の字は、ちょっと難しいかもしれませんね。
正解は
くず、あべまき、うるし、です。
あべまきという漢字が表示されない方はこちら↓をご覧ください。こんな字です。

前回の記事からのつづきです。
森歩きの講座に参加した僕。
今回が三回目。
最終回でした。
登ったのは黍生(きびゅう)山。
短い時間で登れる374メートル程度の標高なのですが、山頂からの眺めがとても良い山なのです。
(岩の上にたたずんでいるのは、森歩きの講師の先生。)
葛の葉は、子供の頃、夏に川で泳ぐときに水中めがねの曇り止めによく使いました。
あべまきの木。
今回他の木との見分け方を覚えました。
触ってはいけません。
そう、これは漆です。
今年は10月になっても気温が高いままでしたが、それでも少しずつ、森は秋の気配を醸し出していました。
To be continued.
2012年10月14日
山頂おにぎり (黍生山にて)
今回の記事は山頂おにぎりシリーズのその2。
登ったのは、黍生(きびゅう)山。
わずか374メートルほどの高さなのですが、いや、驚きました。
身近な場所にこんなに良い山があったなんて。
知りませんでした。



登ったのは、黍生(きびゅう)山。
わずか374メートルほどの高さなのですが、いや、驚きました。
身近な場所にこんなに良い山があったなんて。
知りませんでした。
(双眼鏡を構えているのは森歩きの講師の先生です。)
とても満足したのでその旨記帳してまいりました。
もしあなたが登られたときには、ぜひノートをめくってみてくださいね。
なお今回は短い道のりだったので、ノルディックウォーキングのポールを握って登りました。
詳しいことは次回以降の記事に書きますね。
お楽しみに。
もしあなたが登られたときには、ぜひノートをめくってみてくださいね。
なお今回は短い道のりだったので、ノルディックウォーキングのポールを握って登りました。
詳しいことは次回以降の記事に書きますね。
お楽しみに。
タグ :黍生山