2015年09月01日
『山里耕縁会 ~子育ては一大イベント!? 子どもがいるって面白い!~』


山里耕縁会 ~子育ては一大イベント!? 子どもがいるって面白い!~』
☆自然豊かな山里で、子育て耕縁会(講演会)を企画しました。
皆様、お誘い合わせの上、お越しください。
なんでそうなの!
どうしてできないの!
口からとびでる 愛のムチ。
本当は いつも笑って過ごしたい。
だからちょっと集まって、
いろんな子育て聞いてみよう。
自分の思いも話しちゃおう!
つながることで 楽になる。
つながることで 笑顔になれる。
「子どもがいるって 面白い!」
〈は〉ははは ( ´ ▽ ` )ノ
〈な〉なーんだ (^_^)
〈し〉しってよかった (≧∇≦)
日時:2015年9月30日(水)
10:00~14:00
場所: 敷島会館 多目的ホール (杉本町奥西山49・旭地区) 0565-68-3100
内容:10:00~12:00 1部 講演会 ・・・けーちんの話、自然育児グループの活動紹介
12:00~12:45 お昼休憩
※会場でお昼を食べられます。お弁当販売あり。※
12:45~14:00 2部 座談会 ・・・感想記入など含む
参加費:500円 (午前のみでも同じ)
お弁当:お昼のお弁当を予約販売します。(500円)
申込時に「お弁当 希望」と伝えてください。
近くにお昼ご飯を購入する場所はありませんので、ご了承ください。
講師:鈴木桂子氏 (けーちん)
木のおもちゃ屋「バンビーナバンビーノ」店主(おもちゃコンサルタント)。
自然派育児サークル「おひさまクラブ」発起人、「とよたプレーパークの会」世話人、「豊田おやこ劇場」など、地域で子どもを見守り育てる活動に積極的に参加。また、環境&平和&衣食住について考え発信する会「グリーンママン」をママ友たちと結成するなど、愛知県豊田市で多方面で活躍中。女子中学生&高校生の現役母。
子育てや環境問題などの幅広い内容で講演多数。明るい人柄と分かりやすい話で人気を博している。
2015年に旭地区にて農家民泊『ちんちゃん亭』を始める。
申込み方法:以下の内容を記載の上、メールかfaxにて申込ください。
お名前
②電話番号
③メール
④住所
⑤1部 or 2部
⑥お子さん同伴の場合は人数と年齢
⑦お弁当の注文有無
申込み・問い合わせ:おいでん・さんそんセンター( 担当 小黒 )
メール sanson-center@city.toyota.aichi.jp
℡0565-62-0610
fax 0565-62-0614
主催:豊田市 おいでん・さんそんセンター 次世代育成部会
〒444-2424 豊田市足助町宮ノ後26-2 足助支所2階
℡ 0565-62-0610
http://www.oiden-sanson.com/event/asahi/entry-517.html
2012年06月30日
Postcard
何度も何度も。

何度も読み返しました。
この葉書は宝箱に入れておくことにします。
2012年05月25日
光の教会
教会でのお別れははじめてでした。
そしてさらに今回の場合、そもそも弔問に行ってよいのかどうか、ということすらよくわからなかったのですが、Yさんの最後の姿を一目見てお礼の言葉を伝えたかったので、前夜式の日の午後にさしかかってから教会にうかがう決心をしました。
Yさんは、僕の勤める職場で臨時採用にて働いていらっしゃった方。
半年にも満たないとても短いおつきあいとなりましたが、僕は大変お世話になりました。
過去に病に倒れた影響で痛い場所がいくつかあった風でしたが、それでも70歳代に差し掛かるまでまだあと3年ほどあってついこの間まで元気だったのに、急に亡くなってしまったのです。
奥さんも子どもさんもなく、身寄りがほとんどない、というようなことを人づてに聞いていました。
それも、彼と知り合ってまだ数ヶ月の僕が彼を弔うために教会を訪ねようと思った理由のひとつ。そんなことを考えて足を運んだなどと書くと僕が驕っているように思われるかもしれませんが、しかし教会にまったく人がおらずあまりに寂しい雰囲気であったなら何だか悲しい、と正直思ったのです。
カーナビの案内に従って信号を左折して細い道に入ってすぐ。
とても小さな教会が見えました。
駐車場らしきところに男性が二人立っていて、車を誘導してくれたのでちょっと安心。
さらに受付には既に数名の男女が並んでいたので、さらに安心。
五月の天気が良い日の夕暮れは爽やかです。
Yさん、みんなが来てくれたよ、寂しくないね
僕は心の中でそうつぶやきました。
手作りで建てたかのような造り。
派手さは無く質素。
こじんまり、という言葉を使っても良いのなら、まさにそういう感じの教会でした。
玄関が開いているので小鳥の鳴き声などとともに外の喧騒が耳に届きます。
席に着いて一息ついてしばらくじっとしていたら、どこからか小さなこどもの声が聞こえてきました。
外から?
壁の向こうから?
天井の方から?
お母さんに向かって何か話しているよう。
二歳か三歳ぐらいのこどもの話し方。
そこに加減の利いた優しいパイプオルガンの音が重なりました。
ああ、そうか、きっとこの教会の神父さんのこどもさんだ。
教会に入る前に見た全体の造りを思い出し、神父さんのご自宅が教会と一緒になっていることに気づきました。
僕はもうその雰囲気だけで癒されてしまい、Yさんはこんな雰囲気の中で見送られて幸せだなと感じました。
右側列の席にはご親族の方々が。
Yさんは末っ子とのことで、Yより年上の方が多かったように見えました。Yさんのことを悼むために遠くからいらっしゃった方もいたようです。
讃美歌を歌いましょうと神父さんが告げると、駐車場で案内してくれた男性や受付に並んでいた女性たちがおごそかに前に並ばれました。そして美しい歌声で讃美歌を歌い始めました。
彼らは教会に関係する方たちでした。
そうか。こんなに自然な感じでいてくれるのだな。
僕は感心しました。
さりげないけれど優しさに溢れる立ち振る舞いは素晴らしいと思いました。
神父さんが、教会とYさんの話を始めました。
Yさんが身内の方のすすめで教会を訪れるようになったのはほんの五、六年前の話だそうで、最初は熱心ではなかったそうですが次第に教会に来ることを楽しみに思うようになり、ここ数年は日曜は必ず足を運んでいたとのこと。
まだ三十代前半らしき神父さんご夫妻と二人のお子様とも親交があった様子。
特にまだ幼いお子様たちのことを自分の子か孫のようにとても可愛がっていたそうです。
職場の誰に聞いてもこんな話を知っている人はいなさそうで、Yさんの知られざる一面を垣間見た気がしました。
すべてがとどこおりなく進み、献花をするときになって青い棺の中に休まれているYさんの顔を拝見しました。
とても格好の良いチェックのスーツに身を包んだYさんは最後までお洒落だったので、着せてもらえて良かったね、と声をかけました。
帰宅する途中の車の中で、安藤忠雄さんのあの建築を思い出しました。
十字架のないあの教会です。
コンクリートを打ちっぱなした壁が十字に切り取られ、外からの自然の光が教会内に十字架を形成するあの教会。
曇った日には曇った日の。
雨の日には雨の日の。
晴れた日には晴れた日の。
光と影。
光の下にでていないと駄目なんて決まりはないのです。
影があるから光がある。
光があるから影がある。
僕が訪れた教会は、荘厳できらびやかという場所とは正反対の場所だったけれど、人々の優しさというあたたかい光に包まれていました。
Yさんは
ここに来ると心地よい、心が和む
とおっしゃっていたとのこと。
その気持ちがよくわかりました。
そしてさらに今回の場合、そもそも弔問に行ってよいのかどうか、ということすらよくわからなかったのですが、Yさんの最後の姿を一目見てお礼の言葉を伝えたかったので、前夜式の日の午後にさしかかってから教会にうかがう決心をしました。
Yさんは、僕の勤める職場で臨時採用にて働いていらっしゃった方。
半年にも満たないとても短いおつきあいとなりましたが、僕は大変お世話になりました。
過去に病に倒れた影響で痛い場所がいくつかあった風でしたが、それでも70歳代に差し掛かるまでまだあと3年ほどあってついこの間まで元気だったのに、急に亡くなってしまったのです。
奥さんも子どもさんもなく、身寄りがほとんどない、というようなことを人づてに聞いていました。
それも、彼と知り合ってまだ数ヶ月の僕が彼を弔うために教会を訪ねようと思った理由のひとつ。そんなことを考えて足を運んだなどと書くと僕が驕っているように思われるかもしれませんが、しかし教会にまったく人がおらずあまりに寂しい雰囲気であったなら何だか悲しい、と正直思ったのです。
カーナビの案内に従って信号を左折して細い道に入ってすぐ。
とても小さな教会が見えました。
駐車場らしきところに男性が二人立っていて、車を誘導してくれたのでちょっと安心。
さらに受付には既に数名の男女が並んでいたので、さらに安心。
五月の天気が良い日の夕暮れは爽やかです。
Yさん、みんなが来てくれたよ、寂しくないね
僕は心の中でそうつぶやきました。
手作りで建てたかのような造り。
派手さは無く質素。
こじんまり、という言葉を使っても良いのなら、まさにそういう感じの教会でした。
玄関が開いているので小鳥の鳴き声などとともに外の喧騒が耳に届きます。
席に着いて一息ついてしばらくじっとしていたら、どこからか小さなこどもの声が聞こえてきました。
外から?
壁の向こうから?
天井の方から?
お母さんに向かって何か話しているよう。
二歳か三歳ぐらいのこどもの話し方。
そこに加減の利いた優しいパイプオルガンの音が重なりました。
ああ、そうか、きっとこの教会の神父さんのこどもさんだ。
教会に入る前に見た全体の造りを思い出し、神父さんのご自宅が教会と一緒になっていることに気づきました。
僕はもうその雰囲気だけで癒されてしまい、Yさんはこんな雰囲気の中で見送られて幸せだなと感じました。
右側列の席にはご親族の方々が。
Yさんは末っ子とのことで、Yより年上の方が多かったように見えました。Yさんのことを悼むために遠くからいらっしゃった方もいたようです。
讃美歌を歌いましょうと神父さんが告げると、駐車場で案内してくれた男性や受付に並んでいた女性たちがおごそかに前に並ばれました。そして美しい歌声で讃美歌を歌い始めました。
彼らは教会に関係する方たちでした。
そうか。こんなに自然な感じでいてくれるのだな。
僕は感心しました。
さりげないけれど優しさに溢れる立ち振る舞いは素晴らしいと思いました。
神父さんが、教会とYさんの話を始めました。
Yさんが身内の方のすすめで教会を訪れるようになったのはほんの五、六年前の話だそうで、最初は熱心ではなかったそうですが次第に教会に来ることを楽しみに思うようになり、ここ数年は日曜は必ず足を運んでいたとのこと。
まだ三十代前半らしき神父さんご夫妻と二人のお子様とも親交があった様子。
特にまだ幼いお子様たちのことを自分の子か孫のようにとても可愛がっていたそうです。
職場の誰に聞いてもこんな話を知っている人はいなさそうで、Yさんの知られざる一面を垣間見た気がしました。
すべてがとどこおりなく進み、献花をするときになって青い棺の中に休まれているYさんの顔を拝見しました。
とても格好の良いチェックのスーツに身を包んだYさんは最後までお洒落だったので、着せてもらえて良かったね、と声をかけました。
帰宅する途中の車の中で、安藤忠雄さんのあの建築を思い出しました。
十字架のないあの教会です。
コンクリートを打ちっぱなした壁が十字に切り取られ、外からの自然の光が教会内に十字架を形成するあの教会。
曇った日には曇った日の。
雨の日には雨の日の。
晴れた日には晴れた日の。
光と影。
光の下にでていないと駄目なんて決まりはないのです。
影があるから光がある。
光があるから影がある。
僕が訪れた教会は、荘厳できらびやかという場所とは正反対の場所だったけれど、人々の優しさというあたたかい光に包まれていました。
Yさんは
ここに来ると心地よい、心が和む
とおっしゃっていたとのこと。
その気持ちがよくわかりました。


2012年05月24日
ありがとうございます!
「それぞれ
"新1年生"
"新年少さん"
"新3年生"
になりました。」
とても嬉しいお便りを頂戴しました。
お忙しいなかわざわざ送っていただき誠にありがとうございます。
写真をコラージュしたミニアルバムの出来も素晴らしくて感動しました。
彼らが大人になったときに子供さんを連れて遊びに来てほしいなと思います。
長い長ーいおつきあいになると良いな、なんて思っていますよ。
それまでそちらは存続してるのかって?
はい、きっと大丈夫。
そして、その頃には僕が社長をしていることでしょう。(笑)
ただいませっせとお返事を書いておりますが一足先にこちらの手元に届いた旨、このブログを通じてお知らせいたします。
2012年04月03日
陶器パズル

東北地方に住む知人の男性と、昨日電話にて話ができました。
僕が僕自身の近況を記した葉書を送り、それを読んだ彼が電話を寄こしてくれたのです。
話したのは一年ぶり。
前回は、東日本大震災の数日後、でした。
一年の間にその人の暮らしは大きく様変わりをしていたようで、彼いわく
「直に会ったときに話をしようかと思っていたが、こうして電話で話せたので、話してしまった」
とのこと。
それは大変ショッキングな内容の話で、僕は言葉を失いそうになりましたが、テレビ電話でもないのに黙っていては仕方がありません。何だかよくわからないことをゴニョゴニョと告げて、いつかそちらに遊びに行くという旨を彼に伝えるのが精一杯でした。
このブログのインターネット検索での見つけ方を教えたので、いつか辿りついて見てくれるかもしれません。
「なんだよ、○○さんったら。俺のことをブログに書いてどうすんだよ」
関東生まれで江戸っ子口調の彼はこの記事を読んできっとそうつぶやくことでしょう。
上の写真は僕の奥さんが陶器で出来た一辺が1cmにも満たないピースを用いたパズルのようなものを、懸命に組み立てているところ。
焼き物で有名なまちのとあるイヴェントを訪れたとき、みんなで壁画を作ろう、というコーナーがあったのです。
イヴェント会場に訪れた不特定多数の人々が組み立てた15cm四方ぐらいの木枠に収まった小さなパズル。
これらをいくつも合わせると巨大な壁画ができるそうなのです。
(それどれくらいの大きさのものなのか、そのときもいまもよくわかりません)
僕は作業に熱中する奥さんを、奥さんの頭上からのアングルで撮ったこの写真をとても気に入っていて、僕がプライヴェートで展開しようといているある活動のイメージフォトにも採用しているのですが、そんな大げさなものだけではなくて、これはひとりひとりの暮らしの様を現わしていると考えて良いのだ、そう思って、たまに眺めていろいろ考えています。
取り組んでいる仕事でも良いし、愛する人たちとの生活のことでも良いし、趣味のことでも良いし・・・とにかくひとは誰でも、自分が思うようなものを作るべく日々様々な素材を並べて、時間をかけて組み立て積み上げているのです。
とにかく毎日、毎日、作っているのです。
しかし
ある日、すべてが崩れ去って跡形もなくなるときがある。
中には、息ができないぐらい、しばらく立ちあがれないぐらい、とても強烈な喪失を経験することもある。
もう一度作れ、と言われてももう無理な場合もある。
時間が経つことしか手だてがないこともある。
だから僕は彼に、頑張れとか、そういうことは言いません。
(昨日の電話で切り際に言ったかもしれないけれど、あれは挨拶みたいなもの。チャオーとか、そういうのと一緒。)
だけど、時がたって、もしまたやる気と元気?・・・
何と書いて良いかよくわかりませんが、ポジティヴなパワーが体の奥底から湧いてきたら・・・
以前のように、いや以前よりもっとパワフルに、そして生意気に、派手に、思いっ切りやってほしい、と思います。
以上が電話では言えなかったこと。
(今回の記事は、私信となりました。)
2012年04月02日
写真と手紙
わが家のテーブルの上に並べてあるのは、仕事場で出会った方たちの写真。
とても元気で活発な小学生のこどもたちと、そのお母さん方です。
その賑やかさに魅かれてたまたま持っていたカメラを思わず向けたのでした。
写真を送るのにあたり、駄文を書き殴ったとても短い手紙を添えました。
もうそろそろ届いた頃でしょうか。
僕という人間についていろいろな質問をしてくれたこどもたちに、僕はあえて大人に対して話すような、ちょっとリアルな返事をしてみました。ずっとふざけたりじゃれたりしていたのに、そのときだけは僕の目をまっすぐ見つめて真剣に話を聞いてくれました。
そのときの彼らの真摯な態度と表情がとても印象的です。
みな、気持ちの優しい素晴らしい大人になることでしょう。