2012年05月30日
2012年05月28日
ピリピリする話


最初に感じたのは2008年頃。
ノートパソコンに長時間触り続ける日々が続いていたときのこと。
手の指先から手のひらにかけて、いままでに感じたことのない違和感が。
とても微妙ながらも、ピリピリ、チクチク、ヒリヒリ?言葉に表せばそんな感じ。
痺れている、とまではいかないけれど、手足が痺れる一歩手前のような感覚にも似ていました。
「あっ、もしかしてこれが・・・」
時すでに遅し。
以来、コンセントから電源をとることはせず、出来る限りバッテリー駆動にて使用することに。
幸いしばらくは日常で上記のケース以外にあの感覚を感じずに済んでいたのですが・・・
最近、乗る車によっては、感じてしまうのです。
ちょっとひどいケースではハンドルを握る手からだけでなく、足からも。
体を動かし過ぎて全身が軽い筋肉痛、という感覚は、多くの人が味わったことがあるでしょう。
相性の悪い車に乗って一時間ぐらい走った場合など、車を降りたらそんな感じがすることもあります。
解決方法を調べているのですが、パッとしません。
電化製品に電子機器、その他電気を用いた相当ハイレヴェルな技術力を持っていると思われるわが国なのですが、パッとしないのです。
それどころか、一部の人たちがネット上で気になることを書いていました。
日本は欧州などに比べて電磁波過敏症についての認知度が低く、そして研究そのものがほとんどなされていない後進国であると。
さらに、無知なだけなら救いようがあるが、原発安全神話のケースなどとと酷似した"矛盾の無矛盾化"という最悪の行為が行われているかもしれないと。
となると、自ら調べて、自ら手だてを講じるしかありません。
とりあえずまずは、海外、特に欧州で発表された電磁波の健康被害に関する文献をせっせと読むようにしています。
具体的な理論が不明なままであったとしても少なからず関係がありそうな被害が発生しているならば、即座に何らかの対策をとって人々の健康を守ろうとする欧米人。
それに比べて常に後手後手に回ってしまうわが国。
何を恐れて、手をこまねくのでしょう?
それどころか、被害すらなかったことにしてしまおうと隠ぺい工作に奔走してみたり。
この差はいったい何なのでしょう?
僕の車は欧州車なので、そのあたりのことにもしかしたら気を使ってくれているかな?
そう思いたいのですが・・・
でも実はちょっとだけ・・・ほんのちょっとだけ感じるのです。
現在不慮の事故にて入院中につき丁度良いので、念のため漏れ電流等の数値について調べてほしい、と伝えてあります。
結果は如何に?
2012年05月28日
2012年05月27日
42万人がすむまちに

美術
芸術
アート
そういうものにふれられる場所が少なすぎると思いませんか?
もっとあっても良いはずですよね。
ギャラリー、美術館、それからえーと・・・。
ないものはつくれ?って?
・・・。
ふむふむ。
そうか、そうか。
おっしゃるとおり。
どうやってつくるか?
ちょっと考えてみます。
そして考えがまとまったら、行動してみます。
しばしお待ちを。
2012年05月27日
Ferrero Rocher


肝心のチョコの写真がピンボケとなりすみません。
イタリアはフェレロ社のヘーゼルナッツチョコレート、ロシェ。
さくりと噛み砕けば、ベーゼルナッツ、チョコレート、ウエハースが口の中で混ざりあいます。
異なる歯触りを一度に楽しめる楽しいチョコレートです。
イタリアはフェレロ社のヘーゼルナッツチョコレート、ロシェ。
さくりと噛み砕けば、ベーゼルナッツ、チョコレート、ウエハースが口の中で混ざりあいます。
異なる歯触りを一度に楽しめる楽しいチョコレートです。
2012年05月27日
2012年05月26日
2012年05月25日
光の教会
教会でのお別れははじめてでした。
そしてさらに今回の場合、そもそも弔問に行ってよいのかどうか、ということすらよくわからなかったのですが、Yさんの最後の姿を一目見てお礼の言葉を伝えたかったので、前夜式の日の午後にさしかかってから教会にうかがう決心をしました。
Yさんは、僕の勤める職場で臨時採用にて働いていらっしゃった方。
半年にも満たないとても短いおつきあいとなりましたが、僕は大変お世話になりました。
過去に病に倒れた影響で痛い場所がいくつかあった風でしたが、それでも70歳代に差し掛かるまでまだあと3年ほどあってついこの間まで元気だったのに、急に亡くなってしまったのです。
奥さんも子どもさんもなく、身寄りがほとんどない、というようなことを人づてに聞いていました。
それも、彼と知り合ってまだ数ヶ月の僕が彼を弔うために教会を訪ねようと思った理由のひとつ。そんなことを考えて足を運んだなどと書くと僕が驕っているように思われるかもしれませんが、しかし教会にまったく人がおらずあまりに寂しい雰囲気であったなら何だか悲しい、と正直思ったのです。
カーナビの案内に従って信号を左折して細い道に入ってすぐ。
とても小さな教会が見えました。
駐車場らしきところに男性が二人立っていて、車を誘導してくれたのでちょっと安心。
さらに受付には既に数名の男女が並んでいたので、さらに安心。
五月の天気が良い日の夕暮れは爽やかです。
Yさん、みんなが来てくれたよ、寂しくないね
僕は心の中でそうつぶやきました。
手作りで建てたかのような造り。
派手さは無く質素。
こじんまり、という言葉を使っても良いのなら、まさにそういう感じの教会でした。
玄関が開いているので小鳥の鳴き声などとともに外の喧騒が耳に届きます。
席に着いて一息ついてしばらくじっとしていたら、どこからか小さなこどもの声が聞こえてきました。
外から?
壁の向こうから?
天井の方から?
お母さんに向かって何か話しているよう。
二歳か三歳ぐらいのこどもの話し方。
そこに加減の利いた優しいパイプオルガンの音が重なりました。
ああ、そうか、きっとこの教会の神父さんのこどもさんだ。
教会に入る前に見た全体の造りを思い出し、神父さんのご自宅が教会と一緒になっていることに気づきました。
僕はもうその雰囲気だけで癒されてしまい、Yさんはこんな雰囲気の中で見送られて幸せだなと感じました。
右側列の席にはご親族の方々が。
Yさんは末っ子とのことで、Yより年上の方が多かったように見えました。Yさんのことを悼むために遠くからいらっしゃった方もいたようです。
讃美歌を歌いましょうと神父さんが告げると、駐車場で案内してくれた男性や受付に並んでいた女性たちがおごそかに前に並ばれました。そして美しい歌声で讃美歌を歌い始めました。
彼らは教会に関係する方たちでした。
そうか。こんなに自然な感じでいてくれるのだな。
僕は感心しました。
さりげないけれど優しさに溢れる立ち振る舞いは素晴らしいと思いました。
神父さんが、教会とYさんの話を始めました。
Yさんが身内の方のすすめで教会を訪れるようになったのはほんの五、六年前の話だそうで、最初は熱心ではなかったそうですが次第に教会に来ることを楽しみに思うようになり、ここ数年は日曜は必ず足を運んでいたとのこと。
まだ三十代前半らしき神父さんご夫妻と二人のお子様とも親交があった様子。
特にまだ幼いお子様たちのことを自分の子か孫のようにとても可愛がっていたそうです。
職場の誰に聞いてもこんな話を知っている人はいなさそうで、Yさんの知られざる一面を垣間見た気がしました。
すべてがとどこおりなく進み、献花をするときになって青い棺の中に休まれているYさんの顔を拝見しました。
とても格好の良いチェックのスーツに身を包んだYさんは最後までお洒落だったので、着せてもらえて良かったね、と声をかけました。
帰宅する途中の車の中で、安藤忠雄さんのあの建築を思い出しました。
十字架のないあの教会です。
コンクリートを打ちっぱなした壁が十字に切り取られ、外からの自然の光が教会内に十字架を形成するあの教会。
曇った日には曇った日の。
雨の日には雨の日の。
晴れた日には晴れた日の。
光と影。
光の下にでていないと駄目なんて決まりはないのです。
影があるから光がある。
光があるから影がある。
僕が訪れた教会は、荘厳できらびやかという場所とは正反対の場所だったけれど、人々の優しさというあたたかい光に包まれていました。
Yさんは
ここに来ると心地よい、心が和む
とおっしゃっていたとのこと。
その気持ちがよくわかりました。
そしてさらに今回の場合、そもそも弔問に行ってよいのかどうか、ということすらよくわからなかったのですが、Yさんの最後の姿を一目見てお礼の言葉を伝えたかったので、前夜式の日の午後にさしかかってから教会にうかがう決心をしました。
Yさんは、僕の勤める職場で臨時採用にて働いていらっしゃった方。
半年にも満たないとても短いおつきあいとなりましたが、僕は大変お世話になりました。
過去に病に倒れた影響で痛い場所がいくつかあった風でしたが、それでも70歳代に差し掛かるまでまだあと3年ほどあってついこの間まで元気だったのに、急に亡くなってしまったのです。
奥さんも子どもさんもなく、身寄りがほとんどない、というようなことを人づてに聞いていました。
それも、彼と知り合ってまだ数ヶ月の僕が彼を弔うために教会を訪ねようと思った理由のひとつ。そんなことを考えて足を運んだなどと書くと僕が驕っているように思われるかもしれませんが、しかし教会にまったく人がおらずあまりに寂しい雰囲気であったなら何だか悲しい、と正直思ったのです。
カーナビの案内に従って信号を左折して細い道に入ってすぐ。
とても小さな教会が見えました。
駐車場らしきところに男性が二人立っていて、車を誘導してくれたのでちょっと安心。
さらに受付には既に数名の男女が並んでいたので、さらに安心。
五月の天気が良い日の夕暮れは爽やかです。
Yさん、みんなが来てくれたよ、寂しくないね
僕は心の中でそうつぶやきました。
手作りで建てたかのような造り。
派手さは無く質素。
こじんまり、という言葉を使っても良いのなら、まさにそういう感じの教会でした。
玄関が開いているので小鳥の鳴き声などとともに外の喧騒が耳に届きます。
席に着いて一息ついてしばらくじっとしていたら、どこからか小さなこどもの声が聞こえてきました。
外から?
壁の向こうから?
天井の方から?
お母さんに向かって何か話しているよう。
二歳か三歳ぐらいのこどもの話し方。
そこに加減の利いた優しいパイプオルガンの音が重なりました。
ああ、そうか、きっとこの教会の神父さんのこどもさんだ。
教会に入る前に見た全体の造りを思い出し、神父さんのご自宅が教会と一緒になっていることに気づきました。
僕はもうその雰囲気だけで癒されてしまい、Yさんはこんな雰囲気の中で見送られて幸せだなと感じました。
右側列の席にはご親族の方々が。
Yさんは末っ子とのことで、Yより年上の方が多かったように見えました。Yさんのことを悼むために遠くからいらっしゃった方もいたようです。
讃美歌を歌いましょうと神父さんが告げると、駐車場で案内してくれた男性や受付に並んでいた女性たちがおごそかに前に並ばれました。そして美しい歌声で讃美歌を歌い始めました。
彼らは教会に関係する方たちでした。
そうか。こんなに自然な感じでいてくれるのだな。
僕は感心しました。
さりげないけれど優しさに溢れる立ち振る舞いは素晴らしいと思いました。
神父さんが、教会とYさんの話を始めました。
Yさんが身内の方のすすめで教会を訪れるようになったのはほんの五、六年前の話だそうで、最初は熱心ではなかったそうですが次第に教会に来ることを楽しみに思うようになり、ここ数年は日曜は必ず足を運んでいたとのこと。
まだ三十代前半らしき神父さんご夫妻と二人のお子様とも親交があった様子。
特にまだ幼いお子様たちのことを自分の子か孫のようにとても可愛がっていたそうです。
職場の誰に聞いてもこんな話を知っている人はいなさそうで、Yさんの知られざる一面を垣間見た気がしました。
すべてがとどこおりなく進み、献花をするときになって青い棺の中に休まれているYさんの顔を拝見しました。
とても格好の良いチェックのスーツに身を包んだYさんは最後までお洒落だったので、着せてもらえて良かったね、と声をかけました。
帰宅する途中の車の中で、安藤忠雄さんのあの建築を思い出しました。
十字架のないあの教会です。
コンクリートを打ちっぱなした壁が十字に切り取られ、外からの自然の光が教会内に十字架を形成するあの教会。
曇った日には曇った日の。
雨の日には雨の日の。
晴れた日には晴れた日の。
光と影。
光の下にでていないと駄目なんて決まりはないのです。
影があるから光がある。
光があるから影がある。
僕が訪れた教会は、荘厳できらびやかという場所とは正反対の場所だったけれど、人々の優しさというあたたかい光に包まれていました。
Yさんは
ここに来ると心地よい、心が和む
とおっしゃっていたとのこと。
その気持ちがよくわかりました。


2012年05月25日
2012年05月24日
ありがとうございます!
「それぞれ
"新1年生"
"新年少さん"
"新3年生"
になりました。」
とても嬉しいお便りを頂戴しました。
お忙しいなかわざわざ送っていただき誠にありがとうございます。
写真をコラージュしたミニアルバムの出来も素晴らしくて感動しました。
彼らが大人になったときに子供さんを連れて遊びに来てほしいなと思います。
長い長ーいおつきあいになると良いな、なんて思っていますよ。
それまでそちらは存続してるのかって?
はい、きっと大丈夫。
そして、その頃には僕が社長をしていることでしょう。(笑)
ただいませっせとお返事を書いておりますが一足先にこちらの手元に届いた旨、このブログを通じてお知らせいたします。
2012年05月24日
2012年05月23日
スーパーにて

(デンマークはコペンハーゲンのスーパー前につながれていた犬を可愛さのあまり勝手に撮影)
日本人は礼儀正しい。
日本人はマナーを守る。
日本人は親切。
僕ら自身そう思い込んでいるフシがありますが、日本を離れて海外に滞在しているときなどに
「そうとも限らないかもね」
なんて思うことがあります。
たとえば、デパートから外に出るとき。
手動の扉を開いて出ようとしたら、向こうからも人が。
こちらの方がちょっと速くて、先に外へ。
開け放った扉はどうする?
僕らは割合簡単に手を離してしまいますが、欧米人の方はドアを押さえたまま入ってくる人を通してあげることが多いですよね。
向こうからやってきた人が建物の中に入ったら、やっと扉から手を離す、そんな感じ。
日本において日本人でもそうされる方はいないわけではないけれど、決して多くはない印象。
たとえばスーパーなどでレジ前で並ぶとき。
日本人は下記のことを考えます。
なるべく短い行列に。
空いているレジに。
カゴが一杯になっていない人の後ろに。
そして前の人の会計が始まると、前の人に無言の重圧をかけます。
「おい、何でそんなにたくさん買うんだよ?あんたがたくさん買うからこっちは待たされてんだよ。レジ係も早く処理しろい。」
そんなムードを背後から感じることなんて、日本においては日常茶飯事です。
かたや欧米の人。
心の中では日本人と同じようなことを思っていたとしても、彼らは態度にはなるべく出さないようにしていると思いませんか?
前の人との距離を詰め過ぎず。
そして前の人が買い物したものを覗きこまず。
不作法なのは日本人の方、だったりするのです。
わがままで不作法な年寄りの人、いますごく多いじゃないですか。
頭にきます。
若い人が無作法なのは仕方ないけれど、長く生きてるのに礼儀知らずで無作法でずるいのはどうも許せない。
というか、いまは若い人の方がマナーが良いですよね。
年をとればとるほど、驕ってはいけないのです。勘違いしてはいけないのです。
思考も、心も、新陳代謝を繰り返さねば。
2012年05月23日
2012年05月22日
Emotional Intelligence
高学歴なのにおバカ。
勉強はできるのに、他人の気持ちがわからないしわかろうともしない。
頭は悪くない、しかし自身の感情をコントロールできない、いつも他人を不快にさせてしまう。
あなたのまわりにそんな人はいませんか?
そういう人に振り回されて、攻撃されて、毎日疲れ果てているあなた。
あなたの味方となってくれるひとたちに、あなたを攻め立てる高学歴おバカの存在をいったいどのように説明したら良いか?
うまく言葉にできないのはとてももどかしく、そしてとても苦しいはず。
そんなあなたが知っておくと良いと思われる概念が Emotional Intelligence です。
今から10年ほど前。
僕もそういう人に振り回されて悩んでいました。
そんなときたまたま知ったのが Emotional Intelligence という言葉。
その概念を知ったことで、たったそれだけのことで、その後は随分楽になりました。
「ああ、この人はIQは高いみたいだけど、EQは低いみたいだ」
そう思えば良いのだとわかったのですから。
(こちらは友人の息子さん。掛け算や割り算はまた知らないけれど、人を思いやる優しい気持ちはもう持っていますよ。彼のママの日々の教育が素晴らしいからです。)
2012年05月22日
関 美香 はな ひと うつわ
これはうちの奥さんが買い求めた本。
リヴィングのソファの上にぽーんと置いてありました。
「どれどれ、どんなことが書いてある本なのかな、ちょっと読んでやれ」
寝っ転がってパラリパラリとめくっていたのですが

2012年05月22日
2012年05月21日
2012年05月21日
VEGEBIRD
この絵はお店のスタッフの方が描いたものだそう。とても上手ですね!
↓

昨年の秋からとても気になっていたのは豊田市駅前にあるVEGEBIRD というお店。

だいぶ前から「事前情報なしで飛び込んでみたい」と思っていたのですが、何だかんだでなかなか叶わず。
日曜の夜、ようやく訪ねることができました。

僕の勘は大当たり。

お味のレヴェルが高くて大満足。
サーヴしてくださったスタッフの方の対応もとても良い感じ。
それに日曜日の夜でも開いているのが素敵です。(というか毎日営業!年中無休とのこと!)
リピーターになること間違いなし。プライヴェートはもちろん、Nordic Walking Movement のミーティングでもいつか使わせていただきたいと思っています。

みなさんも駅前で一杯やるときはぜひ VEGEBIRD さんに足を運んでみてくださいね。
VEGEBIRD
豊田市喜多町2-95
やまくらビル2階
お店の方へ
ブログに記事を書くこと、写真を撮ることを快く許してくださりありがとうございます。
店内で撮らせていただいた写真は結局ここに貼りつけたものだけ、です。
後ろで楽しく飲んで食べておしゃべりしていた他のお客様方がいらっしゃったので手控えました。
美味しいお料理の写真をアップで撮って記事に載せたかったところですが・・・次回は迷惑にならないタイミングを見計らってチャレンジしたいです。またよろしくお願いします。
ブログに記事を書くこと、写真を撮ることを快く許してくださりありがとうございます。
店内で撮らせていただいた写真は結局ここに貼りつけたものだけ、です。
後ろで楽しく飲んで食べておしゃべりしていた他のお客様方がいらっしゃったので手控えました。
美味しいお料理の写真をアップで撮って記事に載せたかったところですが・・・次回は迷惑にならないタイミングを見計らってチャレンジしたいです。またよろしくお願いします。