2013年02月03日

バス亭前のとあるお店にて













久々に暖簾をくぐった僕が注文したのは、五平餅五本とみたらし団子十本。

「焼きあがるのを待つあいだ、店内で関東煮をいただこう」
そう思ったのですが、広くない店内にテーブルと椅子が並べられているこちらのお店。
空いている席が店の奥の方だった場合はそこまで辿りつくのには先客の方々のご協力が不可欠です。
でもこの日は誰もこちらの様子を気に留めることはなく、会話を遮って隙間を開けてもらい奥の席まで突き進んでいくのも気がひけたので
「焼きあがるまでの時間はわずかだし、それにそんなにお腹は空いてないから」
僕は自分にそう言い聞かせ、体を折りたたむようにして入口からすぐのところにあるストーヴの前に立って待つことにしました。

こちらのお店の前にはバス亭があるので、バスを待つ間に利用される方も少なくありません。
談笑する人々。
静かに食事をする人々。
ゆったりと時が流れる気がしました。
古き良き庶民のお店といった風情のお店の中はとてもリラックスできる空間です。

しばらくすると、タッパーを持った中年の男性がお店に入ってきました。
その方は関東煮を次々とタッパーの中に入れてゆきます。手慣れた様子から常連の方だとわかりました。お持ち帰りをするようです。
そうこうするうちに、先客の二組がお会計を済ませてお店から出て行ったので、ならば、と奥のテーブルの方に移動して座りました。やっと落ち着けた、さて、関東煮を選びに行こうかな、と思った矢先、続いて今度は初老の上品そうなご婦人が入ってきて五平餅を何本か、注文されました。
そのご婦人はどうやら初めてこのお店に訪れたようで、にこにこしながら店内を興味深げに見まわしていらっしゃいました。


お店の方は脇目も振らずみたらし団子と五平餅をせっせせっせと焼いています。
作り置きはせず注文が入ってから焼くのがこちらのやり方なので、注文が重なると大忙しです。

空気が一変したのはこのあと。
上品そうなご婦人の方は、注文した五平餅が焼けるまでの間、僕と同じく席に腰掛けていましたが、みたらし団子が食べたくなったようで、お店のおかみさんに「みたらし団子をいただくわ」と伝えました。
関東煮を持ち帰ろうとしている男性は、会計をしようとお店のご主人の方に声をかけました。
ご自身で関東煮の数を数えて、いくらお金を渡すからお釣りはいくら、などと伝えていました。

しかしいずれのリクエストもすぐにはかないませんでした。
なぜなら、お店の方々は、僕と僕の前に注文した人のみたらし団子と五平餅を焼いたり包んだりする作業に没頭していたから。
ご婦人は焼き上がっているみたらし団子を指差して「あれをいただくわ。一本でいいの、一本下さい。」と言ったのですが、おかみさんは、こちらは先に注文したお客様のお持ち帰り分です、これから新たに焼くので少々お待ちください、というような旨を返答。
常連風の男性の会計せよという催促に対して、せっせと団子と餅を焼き続けるご主人はひたすら無言を貫きます。

まずしびれを切らしたのは、ご婦人。
おかみさんがたまたま奥に消えたのを見計らったかのように、今度はご主人の方にさっきおかみさんに言ったのと同じセリフを言いました。
みたらしはすでに十本近くが焼かれて置かれていましたから、その中の一本ぐらい分けてくれたっていいだろう、そう考えたのでしょう。
しかしご主人はおかみさんと同じ返答をしました。
ちょっと憮然としたご婦人は「あっ、そう。みたらしが駄目ならば関東煮でもいただくわ」と席を立ち、関東煮を備え付けの皿にいくつかとりました。
こんにゃくを一口食べて、あからさまに首を捻るご婦人。
「何よ、これ、大したお味じゃないわね。」
心の声が聞こえてきました。
その顔はさきほどまでとは打って変わって、醜いものでした。

次にイライラを抑えきれなくなったのは関東煮を持ち帰ろうとした男性。
常連である自身の会計が後回しだとわかった苛立ちがピークに達したのです。
関東煮がたくさん入ったタッパーを脇に抱えたまま、とても熱い炭火の上で懸命に団子をひっくり返すご主人の手の動きを無言でじっと見ていた男性が口を開いて言ったセリフは
「いつも暇なのに、今日はどうした?車が一杯停まってて、すぐに停められなかったぞ。」
うっぷん晴らしだとばかりに皮肉をこめた男性のこんな言葉にも、ご主人は引き続き無言で作業。
このときの男性もひどく醜い表情をしていたように思います。

僕の前に注文した方が品物を受け取ってお会計を済ませました。
そしてそれからしばらくして、今度は僕が呼ばれました。
目の前で五平餅五本とご婦人に取られそうになった一本を含むみたらし団子十本が、低温火傷のせいなのかあかぎれのせいなのか、とにかく無数のヒビが入ってしまって痛々しい指先と手をしたご主人によって、お店の名前等が書かれた紙に手際良く包まれてゆきました。

僕はそれらを持って、僕にとってとても大切な人が入院している病院に向かうところでした。
その人は、一日一日を大切にして懸命に生きています。
治療は過酷を極めるのでときには落ち込むこともあるけれど、いつも自分を奮い立たせて病気に負けてなるものかと歯を食いしばって生きていてくれます。
こちらの五平餅とみたらし団子はその人にとって大変懐かしい思い出の味。
たぶん四十年以上口にしていないだろうからきっと喜ぶだろうな、と踏んだ僕は、迷わずこちらを訪ねたのでした。
数が多いのは、僕も一緒に食べようと思ったから。また同じ時間帯に僕以外のお見舞いの方がいらっしゃった場合のことも考えて。

そんな事情をお店の方が知っているはずなどないのです。
大切な人の病床に届けるものだなんて、知っているはずがないのです。
しかし。
頑なに、注文が入った順に接客をしようとするお店の方の凛とした態度は、まるで僕がこれから見舞いに行くことを見透かしたかのような、そんな錯覚に陥るほどのものでした。
僕はこの日、お金を出して五平餅とみたらし団子を買い求めましたが、その他に見えない何かをお店の方から譲り受けたような、そんな気がしました。






























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Posted by Toyota Nordic Walking Movement  at 11:00 │小坂