2012年03月13日

"発芽玄米ごはん" はじめました








この記事の主役は、これ↑ではなくて






向かって左の、ごはん。
これは発芽玄米を炊いたもの。



発芽玄米ごはんをはじめた、と言っても、僕は定食屋さんではないので誰かに振る舞うわけもなく、僕が食べ始めた、ということです。
えーと、とにかくいろいろありまして・・・



某所で栄養指導なるものを受けまして、今日から一日三食のうち二食はこれをいただくことになりました。
もちろん三食とも発芽玄米でも良いようなのですけど、まあ、まずは二食でOKのようです。
ちなみに初日である今日の朝は普通のごはんをチョイスしたので、昼と夜は発芽玄米を食べます。
僕は休日、奥さんは仕事。
よってお昼ごはんは自分で作りました。
その中身は



・発芽玄米ご飯 200g
・じゃがいも+いかの塩辛+バター
・茹でたブロッコリー
・茹でたインゲン
・プチトマト
・りんご
・コーヒー



こんな感じ。

わが家は炊飯ジャーではなく土鍋でごはんを炊いています。
玄米を炊くにはコツがいるかなと思いましたが、指導してくれた方が教えてくれたとおりにやったら、さして気を使わずうまく炊けました。
歯ごたえがあるのでよーく噛まねばなりません。咀嚼が大事。
でもそれが良い、とのことです。
じゃがいも+いかの塩辛+バターは、バターは小さなこどもの小指の先程度、塩辛の量も少なめにしました。
ブロッコリーとインゲンは、奥さんが自身のお弁当のおかずとして今朝作ったものの余りです。
プチトマトは洗っただけのものを八つほど、口に放り込みました。
りんごはまるまる一個。








これをきっかけに、食の日記でもつけようかな、と思っています。
記録することは、食べ過ぎの防止や栄養バランスに気をつけるようにするためにはきっと良いはずですから。
(今日のような休日でない日にノート等に書き留めるのは大変なので、携帯電話の何らかの機能にてメモするつもりです。)



すぱん、とカットしたりんごの写真を撮っていて思い出しました。
ある方の言葉を。

やむなく人を切るときは、すぱんと一太刀で切ること。

切るといっても本当に刃物で切るわけではなくて、あくまでも例え。
奇麗な切り口で無ければ駄目。切り口をあとでぐちゃぐちゃにいじっても駄目。なぜなら、切った部分をまたくっつけることがありえるから。またはくっつけなければならないことがあるから。
きゅうりなど水気のある野菜をすぱん、と切ったあと、切り口をピタリと合わせると再びくっつきます。
あのイメージです。

切るときに、切った後にくっつけることまで考えて切るなんて、何だか矛盾した話です。
しかし、その人いわく、人を切るときはそうするべきだよ、そういう風に切れないんだったら切るな、と。

やむなく誰かと口論するとき。
そんなときに自分が一手をくりだすときは、切れ味鋭くすぱんとやれ、ということです。
切れ味が鈍い刀をつかってはいけない。
「まだまだ痛め足りない」と、切ったあとをまた切りつけたりしてはいけない。
切ったあとに塩を揉みこむようなことをしてはいけない。
その方はそんなことをおっしゃっていました。

僕は普段はかなりおとなしいけれど、プチっとくるとついつい連打を繰り出しがちで、かつ最終ラウンドまでやりきらないと気が済まなくなるタイプなので、この話を聞いて大いに反省しました。
喧嘩相手と二度と会わないかどうかなんて、わかりません。ばったり会うと後味が悪いもの。まして日常でよく顔をあわせる人とは、できるだけうまくやりたいものです。
しかしそれでも、ひとこと言わねばならないときはやってきます。そんなときは、あとでぴたりとくっつくほど鋭い切れ味ですぱん、とやる・・・要は相手がその場でハッと黙るぐらいの、そして後で反省をするぐらいの一言を放たねばならないということです。
そして、自分の言うことが相手よりも正しくなければ、そんなことにはなりません。要は、電光石火の一太刀を放てる大前提は、相手が間違っている場合のみ、なのでした。ということは、簡単に刀を振り回せない、ってこと。



話は変わって・・・

心に深く染みるような、頭の中の靄がさっと晴れるような、そんなセリフを誰かに言われることがたまにあります。
今回の一太刀の話も、そういう感じがしました。
でも怪しい人から聞いた話ではありません。そこは誤解なきよう。

今朝もテレビで怪しい人に洗脳されてしまったタレントさんのことを報じていました。ああいう輩は本当に良くない。ターゲットとして目をつけた人間の心をぶち壊します。ぶち壊して言うことをきかそうとしますから。
心をぶち壊された人は必要以上に自分を責めます。責めだしたら思いのままに操ることができるらしいのですよ。

僕はよくわからん洗脳セミナーとか怪しい宗教とかは気配がするだけで逃げ出すほど大嫌いで、またそれらを感じるセンサーも高感度です。いや、普通のセミナーで勉強したり普通の宗教を信心している人たちであっても、その程度によってはちょっと苦手なのです。
そうなったのには理由があって、一生の友人だと思っていた人たちがそういうのに飲みこまれてしまい縁を切ることになったり、とても身近な人がおかしくなったりした経験をしたからです。

僕は基本的に無宗教です。
初詣でお伊勢へ行き、家族や親戚が亡くなれば地元のお寺のお坊さんを呼んで仏式のお葬式をするぐらいで。そういうのは宗教とは呼ばないし、何かを信心しているとは言えませんから。
もしも途中で、「あ、この人は・・・」と思ったら必要以上に深い付き合いにならないように気をつけます。
ですから、誰かから"目から鱗"のすごくためになる話を聞かされたとしても、すぐにはうなづきません。
よーく咀嚼してから、だんだん不味くなってきたら吐き出すし、良いものだったらゴックンと飲みこみます。

そう、まるで発芽玄米をよく噛んでから飲み込むのと同じようなことをするのです。






(話がだいぶ飛びましたー。そんでもって最後の一行で前後を無理やりつなげてみまました。ここまで読んでくれた方、わけがわからない展開の文章で、ごめんなさい。お粗末でした。)



















タグ :発芽玄米

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Posted by Toyota Nordic Walking Movement  at 14:12 │食の備忘録